Masassiah Blog

現役サラリーマンのスキルアップのための読書まとめ

勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版

『勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版』(千葉雅也,文藝春秋,2020年3月20日)を読了。

言葉それ自体は,現実から分離している。

言葉それ自体は,現実的に何をするかに関係ない「他の」世界に属している。(位置 No. 321)

言葉と現実は違うことを認識しておく。

アイロニーは「根拠を疑う」こと。

ユーモアは「見方を変える」ことである。(位置 No. 874)

「見方を変える」ユーモアを磨いていく。

環境のノリから自由になるという本書の課題は,浅いレベルだけでなく,深いレベルにまでおよび,何かを決めるときの「自分なりに」の根源にある「自分の固有の無意味」へと向かっていく,という課題になる。(位置 No. 1490)

自分の根源となるようなものにする。

難しい本を読むのが難しいのは,無理に納得しようと思って読むからである。(位置 No. 1848)

難しい本は,納得しようと思って読むのは無謀。

どこまでが他人が考えたことで,どこからが自分の考えなのかをはっきり区別して意識しなければならない。

これは個性的なアイデアを育む上で,ひじょうに大事なことです。(位置 No. 1932)

他人の考えたこと,自分が考えたことをはっきり区別しておく。

僕の実感としては,紙のノートへの手書きでは,アウトライナーでの箇条書きよりもさらに強く有限化が働きます。当然,一枚の紙は有限な範囲であるし,それにタイピングよりもペンで書く方が手が疲れます。単純な事実ですが,このことが,書ける,書いてしまう内容におよぼす影響は小さくないと思っています。(位置 No. 2067)

紙のノートと手書きは,頭の中でモヤモヤしていることをビジュアル化するためには最適の選択。

経営リーダーのための社会システム論~構造的問題と僕らの未来~

『経営リーダーのための社会システム論~構造的問題と僕らの未来~』(宮台真司,野田智義,光文社,2022年2月22日)を読了。

グローバル化は,とりわけ先進諸国の内部において,新たな構造的問題を生み出しています。そこで起きているのは,資本移動による国内産業の空洞化にともなう中間層の崩壊と,それにともなうソーシャル・キャピタル(人間関係という資本)の減少です。その結果,経済的に没落した人々の間に,不全感や劣等感や孤独が広がっていったのです。(位置 No. 521)

経済的に没落した人々が持つ,不全感,劣等感,孤独が暗い影を落としている。

共同体には必ず維持コストがかかります。メンバーの間で時間と手間をかけて合意形成をしなくてはなりませんし,互いのまなざしを意識せずに生きられないという不自由を受け入れなくてはなりません。共同体からいいものだけを引き出し,コストをかけないという「いいとこ取り」はできません。つまり,「絆には絆コストがかかる」のです。(位置 No. 844)

共同体の維持コストを考慮すると,共同体を持たない選択もありうる。

生活世界とシステム世界には,それぞれプラス面とマイナス面があるが,厄介なのは,社会が「つまみ食い」を許さないということだ。では,僕らは未来に向けてどんな社会を選択しうるのだろうか。本書の問題意識もそこにある。「昔はよかった」という「三丁目の夕日」症候群的なノスタルジアに浸るのではなく,「いいとこ取り」というありえもしない楽観に逃避することもなく,未来を選択する。それが,僕らの本書で掲げる挑戦にほかならない。(位置 No. 975)

いいとこ取りは,ありえない。現実に向き合って,未来を選択する。

「人々がシステム世界(市場と行政)に頼るほど,人を頼らなくなって自動的に感情が劣化する」と説いていますが,これはスミス→マルクスウェーバーという流れの上にあるオーソドックスな思考なのです。(位置 No. 1744)

完全に頼ることができるほど,市場や行政のシステム世界が,しっかりしているとも思えない。

国民の間に仲間意識があれば,一緒に助け合います。でも「われわれ意識」が失われた社会では,金持ちが貧しい人の暮らしを見ても,「あんな自堕落なやつらに財産を分けたくない」と思うのが自然です。その結果,累進課税制度や国民皆保険などの再配分メカニズムを継続できなくなります。加えて,国民同士が仲間ではないので,経済的弱者が互いに連帯できず,逆に「お前が俺の食い扶持を減らしている」と足を引っ張り合うようにもなります。(位置 No. 1800)

今日の日本に「われわれ意識」は,どれほどあるか。

「あんな自堕落なやつらに財産を分けたくない」「お前が俺の食い扶持を減らしている」という声が聞こえてきそうだ。

新反動主義者たちは,民主主義の立て直しなどという「制度による社会変革」をできるだけ早く頓挫させ,「テクノロジーによる社会変革」に一気に移行しようと考えるのです。彼らは,人びとが民主政に絶望するような出来事を期待しており,それで社会が混乱すれば,不安を感じた人々がテクノロジーへの依存を強め,自分たちが理想とする未来がより早く実現すると信じています。(位置 No. 2377)

人間だけでは社会変革は実現できないことは,時代が証明してくれる。時代を超えるためには,テクノロジーへの依存を高めていく。

 

逃亡刑事

久し振りに小説を手に取る。手にしたのは,ハードボイルドな女性刑事の活躍(逃亡)を描いた『逃亡刑事』(中山七里,PHP 研究所,2017年11月20日)。

どんなに疲弊し,どれだけ腐敗した組織にも最低限のモラルがある。職業人としての矜持と言ってもいい。司法機関に携わる者であればそれは尚更に要求され,また,それがなくては任務を遂行できない。矜持と,誇りがあるからこそ昼夜を問わない激務にも耐えられる。(位置 No. 1072)

私の矜持と誇りは,一体何になるか。

「称賛された時は素直に受け,控えめに誇り給え。それが組織の中で長らえる秘訣だ」(位置 No. 1185)

称賛されたときの心構えとしよう。

手錠と拳銃を貸与されていた時,自分の行動は全て正義に基づいたものだと信じていた。また,そうと信じなければ部下の意志を統率し,蔓延る犯罪を一掃することなどできないと思っていた。一般市民からどう思われようと,与えられた権力を正しく行使すればいいと自分に言い聞かせてきた。

だが,それは大きな錯覚ではなかったのか。

自分が正義と信じるものは,ひどく狭義のものではなかったのか。(位置 No. 2555)

自分が正義と信じるものは,自分の価値観に基づくものでしかない。

「何故,自分の頭で考えようとしない。何故,自分の経験に基づいて行動しようとしない。上からのお達しは何から何まで正しいと本気で信じているのか」(位置 No. 3413)

自分の頭で考えようとしないのは,どんな業界にでもありうることか。

「人にはいくつもの顔があって,いくつもの言葉を持っている。その都度その都度変わっていく。あの玄葉にしたってそうだ。わたしたちにはとんでもない悪党だが,警察や自分の家の中では優秀だったり,善良だったりする。人はそんなに単純なものじゃない。単純でないものを単純に分類すると,取り返しのつかない間違いを犯す。お前は絶対にそんなことをするな」(位置 No. 4091)

世の中は単純ではないので,単純に分類しようとしない。

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なぜ,嫌われ者だけが出世するのか?

出世したいわけでも,嫌われ者になりたいわけではないが,『なぜ,嫌われ者だけが出世するのか?』(齊藤勇,プレシデント社,2015年5月29日)を読んでみた。

人事評価で上司を味方につけるのに一番大事なことは,仕事のプロセスをきちっと見せることなんです。上司と部下の間での仕事の中身を共有する。ところがそれがないと,ある結果の部分だけを見て評価をすることになってしまう。(位置 No. 91)

自分をマネジメントするため,仕事のプロセスを見える化している。それをチームで使っている backlog で行っているため,上司にも仕事のプロセスを見せている。

アメリカでは「会議は陳腐な結論を導き出す」という話があります。(位置 No. 614)

会議での結論は採用しない。

人間は,行動に際して,あらかじめ抱いている「意見」に則して「行動」するとは限らないということがわかったのです。「言行一致」は理想ですが,現実にはなかなか難しいことなのです。(位置 No. 730)

言行一致は難しい。わかっていても,行動することは難しい。

リーダーは「資質」だけで決まるのではなく,その集団内の「位置」によっても決まるということです。コミュニケーション・ネットワークのどれだけ中心的な位置にいるかが重要な要素になるのです。(位置 No. 999)

集団内でどの位置にいるかを常に意識しておく。そして,一番,力を発揮できる位置で活動する。

日本人は争いごとは好みません。そして,日本社会には「まあまあ」と事を曖昧に処理する精神が充満してしまいます。さらに,悪しき平等主義の結果,人との「差」や「違い」を認めない社会風潮が出来上がってしまいました。冷静に競い合うことが不得手な人々が増えてしまいました。(位置 No. 1180)

人との差や違いを,あえて見えるようにする。それは競い合うためではなく,お互いを理解するために行う。

双方が得をするには,強力な権限や脅迫手段を持つのではなく,相手との信頼関係を築くことが最も重要であることをこの実験は教えているのです。(位置 No. 1290)

権限や脅迫手段ではなく,信頼関係で得をする。

リアクタンスは本来,工学上の電気用語で,誘導抵抗とか感応抵抗という日本語訳がつけられていますが,ブレム*1は,人間が本来,自分自身の権利として持っていたいと願っている「自由選択権」に着目して,心理的反発のメカニズムを解明したのです。(位置 No. 2027)

電気屋なので,リアクタンスはなじみ深い。人間関係も,レジスタンス,リアクタンス,キャパシタンスのような電気の素子で捉えてみよう。

人間はやはり自己愛がたいへん強い動物なので,自分が誰よりもいちばん苦労し,誰よりも最も貢献度が高いと思い込むものなのです。

《エゴセントリック・バイアス》――社会心理学上,こうした人間の悲しい業を「自己中心性バイアス」と呼んでいます。(位置 No. 2663)

人間の悲しい業「自己中心性バイアス」は,私に当てはまる。

《あなたをあなたほど評価してくれる人は,あなた以外にはいない》(位置 No. 2696)

自分ほど自分を評価している人はいないことを自覚する。

*1:アメリカの社会心理学者ジャック・ブレム。人間の心理的反発のメカニズムを解明した「心理的リアクタンスの理論」が有名。

世界史の構造的理解 現在の「見えない皇帝」と日本の武器

たまには世界史を勉強してみようと『世界史の構造的理解 現在の「見えない皇帝」と日本の武器』(長沼伸一郎,PHP 研究所,2022年8月29日)を読んでみた。

コロナなどの衝撃は,今まで潜在的に社会の底にくすぶっていた問題を一挙に表面化させる力をもっており,それこそが,しばしば災害そのものの直接的な影響より重大な問題になるということである。(位置 No. 125)

コロナのような衝撃がなければ,解決されない問題が多く残っていたと思うとゾッとするな。

戦略の原則では一般的に,組織の力を「戦闘力と戦略力の積」として考えるのが普通である。前者の「戦闘力」とは,図体の大きさや兵力・練度など,純然たる体力面での力を指し,一方後者の「戦略力」というのは,優れた戦略によって優位なポジションを得るなどの知的な力を指す。(位置 No. 184)

優れた戦略があれば,戦闘力を何倍にもすることができる。

一人の戦闘力は限られているが,一人が生み出す戦略には価値がある。

まず若いころにはとにかく知識が足りないことに悩まされ,いくら学んでも,世界を動かす舵をとる自信が得られない。一方その後,どうにか自分の知識がそのレベルに達し始めたと思えるようになったときには,世界的には定年間近ということになる。そのため,これから惰性的なビジネスを脱して,世界を変革するような挑戦をするには,もう自分の年齢は行きすぎている,と感じてしまうのである。(位置 No. 901)

知識が足りないこと,それにより自信を持てないことを理由に何もしない。それでは,ただ年齢を重ねるだけ。せっかく知識を得ても,それを発揮する機会がなければ宝の持ち腐れになってしまう。

  • 君主制が劣化すると独裁制になり」→「独裁者を貴族たちが倒して貴族制が樹立され」
  • 「貴族制が劣化すると寡頭制になり」→「腐敗した特権階級を民衆が倒して民主制が樹立され」
  • 「民主制が劣化すると衆愚制になり」→「衆愚制の混乱を収拾するかたちで君主制が樹立される」

というかたちで一巡して,一つのサイクルを形成するというのが,この「政体循環論」である。(位置 No. 1027)

現在の日本は「民衆性が劣化した衆愚制」のフェーズだろうか。政体循環論によると,今後,衆愚制の混乱が起こり,君主性が樹立されることになるのだが,日本にどんな君主が現われるのだろうか。

独裁力 ビジネスパーソンのための権力学入門

独裁力を身につけるため,『独裁力 ビジネスパーソンのための権力学入門』(木谷哲夫,ディスカヴァー・トゥエンティワン,2014年4月20日)を読んでみた。

リーダー力 = コンセプト力(構想力) + 独裁力(組織を動かす力)(位置 No. 71)

構想だけでは足りない。リーダーには,組織を動かし,構想を実現する力が必要。

大きな変革をする際,社内みんながハッピー,などという状況はありえません。

結局,一人で決めないと,決まるものも決まらないのです。(位置 No. 310)

みんなで決めることは,ぬるい内容になることが多い。そんな内容では変革とは,ほど遠い。誰か一人の決断が,変革につながる。

プロの経営者にとっては,あくまで勝つことが目的で,強みを生かすのは手段にすぎません。

強みを生かすなどのキーワードで現状維持が正当化されている会社は,トップが組織に負けているのかもしれません。(位置 No. 362)

私の会社では,強みを生かすなどのキーワードで現状維持が正当化されている。トップが組織に負けているのか。

福島の原発事故についての,国会事故調の最終報告書は,黒川清氏による序文で,「日本の文化が事故を生んだ」としています。(位置 No. 443)

福島の原発事故以降,日本の文化は大きく変わっていない。そうであるなら,悲劇は繰り返されてしまうか。

どんな問題でも,文化に還元されると,その瞬間に,「どうしようもないもの。変えるのに異常に時間がかかるので,結局は改革できない」ということで終わってしまいます。(位置 No. 454)

文化のせいにされると,対応に長い時間が必要となる。

日本の多くの大手企業では,もはや,決定権者は特定の誰かでもなく,社長でもありません。意思決定する権力が薄く広く拡散してしまって,所在不明になっているのです。(位置 No. 488)

会議を経て,意思決定が行われる。会議の過程を繰り返すたび,エッジがなくなってしまうのは否めない。

権力を握ると多くの人が寄ってきます。しかし,ただ喜んでいると失敗します。

どんな味方も報酬を与え続けないと離反する,

という冷徹な認識が必要です。(位置 No. 729)

権力を握ったとき,報酬を与えることを忘れない。

事務局は,自分ではへりくだって「ロジ」を担当すると称していますが,思うままに時間と場所を決めることのできる力が,本当の権力だということを忘れてはなりません。(位置 No. 1925)

事務局の立場で案を出せば,ほとんどの案が実現できる。

企業は,自己革新を常に続けないと,競争相手に負けてしまいます。(位置 No. 2029)

競争相手がいない企業は,自己革新のモチベーションを持つことができない。

いくら現場に技術力があっても,どこにも強い権力がなく,効果的な戦略の意思決定ができないようであれば,会社は滅びる,ということでしょう。(位置 No. 2153)

私の会社は滅びる,という運命から逃れることができるだろうか。

面白くて眠れなくなる社会学

『面白くて眠れなくなる社会学』(橋爪大三郎PHP 研究所,2015年2月6日)を読了。

戦争とは,《暴力を用いて,自分の意思を相手に押しつけること》,をいいます。(これは,クラウゼヴィッツ戦争論』の,有名な定義です。)(位置 No. 219)

自分の意志を相手に押しつけるために暴力を選んではならない。しかし,今日においても戦争がなくならないことを考えると,暴力に抗う力を持つ必要もある。

一般の法律は,国が決めて,人民が守ります。人民の全員でなく,関係ある人びと(政府の職員や,特定の業界のひと)だけが守る法律もあります。警察官は,警察官職務執行法を守る,医師は,医師法を守る,などです。

憲法は,この向きが正反対です。人民が,約束を守らせる側。国(政府や議会や裁判所)が,約束を守る側です。人民が政府に言うことを聞かせるところに,憲法の本質があります。(位置 No. 287)

日本国憲法は一度も改憲されていない。国に対して約束させることは,増えたり,減ったりしないのだろうか。

ところが,ODA をいろいろやってみても,第三世界はなかなか,貧困を脱出できないことがわかってきました。社会インフラは,道路や港湾のようなコンクリートのかたまりではなくて,人びとの勤勉や合理的な行動様式を育てることなのです。それに向けた,新しいアプローチが必要です。(位置 No. 611)

DX をいろいろやってみても,組織はなかなか変わらないことがわかってきた。

DX はシステムやツールを導入するだけでなく,組織の人びとの勤勉や合理的な行動様式を育てることなのです。

ODA,DX もいずれも主役は人だと考えておく。

料理した食事を,一緒に食べる。これが,家族の基本です。それは,食べ物を手に入れるために出かけなかったひとも,食べる権利があるということです。食べ物を手に入れたひとは,みんなに分ける義務があるということです。どうです,なかなかよい仕組みでしょう。ここに家族の本質があります。(位置 No. 946)

家族の基本は,食事にあるというのは,なるほどと思う。

なぜ人びとが,子どもを生まないかというと,一番関係があるのが,収入です。いまの収入もさることながら,この先,景気がよくなって収入が増える見込みがない,とみんな思っているのです。すると,老後も心配だから,子どもは少なくていいか,という結論になります。(位置 No. 1068)

明るい未来を想像できなければ,今を生きることしか考えられない。だから,未来の象徴である子どもを生むという選択ができない。

そもそも,正義を定義するのも難しいのです。

これまで私が聞いた定義のなかで,なるほどと納得できたのは,こういう言い方でした。

《同じものは同じように,異なるものは異なるように,扱う。》

これはなかなかいい考え方です。同じものは同じように,扱いなさい。私もあなたも,同じ人間です。同じ人間なら,公平・平等に扱ってください。これが原則です。(位置 No. 1297)

何らかの正義に対峙するとき,《同じものは同じように,異なるものは異なるように,扱う。》ができているか確認してみよう。