『カーボンニュートラル革命』(猪瀬直樹,ビジネス社,2021年9月1日)を読了した。
- 3E+S:安全性が加わったエネルギー政策の転換点
- 電力自由化と消費者の選択権
- 再生エネルギーと自動運転の融合
- 日本企業の戦略不在と欧米企業の差
- 送電線と地域格差:インフラ投資の課題
- 総括原価方式と腐敗の連鎖
- 送電線の空き容量と再エネ投資の可能性
- 市場ルールと既得権の打破
- サラリーマン社長と戦略の欠如
- 揚水発電所という安全弁
- SDGs と投資家の視点
3E+S:安全性が加わったエネルギー政策の転換点
3E とは,エネルギーの安定供給 (Energy Security),経済効率性 (Economic Efficiency),環境への適合 (Environment) のことであり,当時はまだ安全性 (Security) という観点は重視されていなかった。3E に S が加えられ「3E+S」が打ち出されたのは 3.11 後である。(p. 48)
2011年3月11日を経て,エネルギーの安定供給・経済効率性・環境への適合に,安全性が加わった。
電力自由化と消費者の選択権
この議論がこれで終わりでないことは河野康子委員(全国消費者団体連絡会事務局長)の「電力システム改革」への期待として残されている。
「電気,ガスに関しましてはこれまで地域独占で,電源について一般消費者の選択肢はありませんでした。コンセントの向こうはブラックボックスで私たちの考える機会を与えられていなかった。今回の長期エネルギー需給見通しにおける新たな視点としては,これからのエネルギーミックスは国民の選択を通して実現されるべきです」
電力の自由化によって消費者が,石炭火力か原発か再生エネルギーか,いずれを選ぶことができれば電源構成も変わってくるからだ。(p. 56-57)
一般消費者が電源という選択肢を与えられたとき,3E+S は実現するだろうか。経済効率性ばかり重視するのではないか。
テスラの台頭とエネルギー産業の再定義
アメリカの EV カーの先駆的メーカーであるテスラが株式時価総額で世界のトヨタを抜いたのは 2020 年 7 月であった。いまはさらに差が開いてトヨタの 30 兆円に対してテスラはじつに 2 倍の 60 兆円に達している。(p. 68)
テスラの株式時価総額がトヨタを抜いたのは,すでに 5 年前になるのか。一時的なものではなく,ずっと時価総額を上回っている。
テスラは単に自動車産業だけではなくトータルなエネルギー産業として自らを位置付けている。
そして,テスラの CEO(最高経営責任者)のイーロン・マスクは,将来的にエネルギーはタダになる,と述べているのだ。太陽光発電など自然再生エネルギーによる発電施設は,施設の建設費のコストを別にすれば燃料の仕入れは必要ない。
テスラが目指しているのは単に太陽光パネルによる発電ではなく,発電した電気を充電するシステムの開発により,発電所から送配電の必要のない分散型のシステムの構築である。(p. 71)
テスラが目指す送配電の必要のない分散型のシステムは,本当に実現するだろうか。送配電の側に立つと,懐疑的だ。
再生エネルギーと自動運転の融合
「燃料代がゼロ,それが EV だ」とイーロン・マスクは主張していた。「恐竜時代の化石を燃料にする考えは棄てなければいけない」とも言った。電力は再生エネルギーにより調達され,それをリチウムイオン電池に貯めて走る。そしてテスラの EV は自動運転ともセットになっている。(p. 87)
恐竜時代の化石を燃料とする考えは棄ててもいいかもしれない。原子力はどうだろうか。
日本企業の戦略不在と欧米企業の差
「戦略的に動いている欧米企業とちがって,日本企業は優れた環境技術をもっているのに国家戦略がなく活かせていない。このままでは,欧米企業の下請けとして,部品を提供する存在で終わってしまう」と当時,僕は書き残している。(p. 112)
国家が戦略を立案できないのであれば,企業が自ら戦略を立てて動いていくしかない。企業で意欲的な戦略を立てるのも難しいが,国家の戦略よりも簡単か。
送電線と地域格差:インフラ投資の課題
人口の密集地と発電所を結ぶ送電線は太い。過疎地では細い送電線があれば足りる。従来の考え方としてはそのほうが効率はよい。高速道路と同じである。クルマが多い場所は費用対効果の面で片側 3 車線や 2 車線の高速道路をつくってもペイするが,過疎地なら国道も片側 1 車線しかない。
新たな送電線の設備投資をすれば相応の資金が必要になる。今後,本気で自然再生エネルギーに頼るとしたら,道路建設と共通の課題に向き合わなければならず,採算面でかなり苦しい。送電線の設備投資を民間企業というタテマエの地域独占の電力会社が,どこまでやるか。(p. 152)
既存の送電線を維持するための施工力も必要で,新たに送電線を建設する施工力は多くない。制約の中で,できることをやっていくしかない。
総括原価方式と腐敗の連鎖
総括原価方式は消費者へ高額なツケを回すだけでなく,納入業者も腐敗させた。三菱重工,日立,東芝など指定業者として競争がなくコスト削減の創意工夫を失わせることになり,日本の重電企業の国際競争力低下にもつながった。つまり基幹産業の電力が地域独占であることで「腐った蜜柑」となり,連鎖的に大日本株式会社の中心部に腐食が染み渡っていったのである。(p. 154)
地域独占の電力会社は腐った蜜柑,そこへ納入する会社も腐っていく,というのはあまりにもひどい言い方だ。
送電線の空き容量と再エネ投資の可能性
「想定潮流の合理化」にしろ「N マイナス 1 基準」にしろ,送電線の空き容量の問題が透明化されはじめたのはきわめて最近の出来事だ。こうしたネックが解消されれば新電力による再生エネルギーへの投資は活発になり,発電能力は格段に向上するだろう。(p. 159)
発電能力は確かに向上した。しかしベストなバランスかというとそうではないか。
市場ルールと既得権の打破
まずは「再エネを優先するルールにすべき」というよりも,「火力などの既得権を優先するのをやめて公平に(市場ルールどおりに)取り扱う」ことからスタートしなくてはならない。メリットオーダーが明確化されれば再生エネルギーへの投資が自ずと加速する。(p. 162)
市場のルールができれば,ルールのスキを狙ってくる輩が現れる。
サラリーマン社長と戦略の欠如
こうした人事によって無責任体制がつくられるのである。日本では創業社長はおもしろい人物が多いが,サラリーマン社長が内部から就任すると官庁の人事のように思想がなく内向きでトコロテン方式に代わっていく。そして社内政治が蔓延る。(p. 180)
サラリーマン社長では,意欲的な戦略は立てられないよな。
揚水発電所という安全弁
電力会社は,総括原価方式と呼ばれる,かかった費用をすべて電気料金へ転化できる地域独占があたりまえでの時代,あるい意味ではふんだんに安全コストをかけることができた。揚水発電所は,その”遺構”なのである。電力が地域独占だった時代は,いわば揚水発電は銀行の隠し口座のような存在だったが,いまはいざとなれば 2500 万キロワットある事実が,不安定できまぐれな太陽光発電や風力発電など再生エネルギーの時代にも大きな安全弁となることが期待される。(p. 200)
総括原価方式が適用されていた時代に,レガシーを残しておけばよかったと発電会社は悔やんでいるだろう。
SDGs と投資家の視点
いま求められているのは地球規模での持続可能性の模索である。それが MDGs から SDGs へと確実に歩を進めているように映るのは,もうひとつ別の要素,投資家がどのような企業に投資をしたらよいか,あるいは,どのような企業となれば投資家に投資の対象としてもらえるか,真剣に考えざるを得ないからだ。(p. 248)
投資対象が SDGs に取り組んでいるかは,投資をする上での判断材料である。
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