2020年9月6日更新
『原発安全革命』(古川 和男,文藝春秋,2011年5月20日発行)を読了。
世界全般で原発利用の気運が後退している主因 (p. 31)
- 多重な安全性強化が必要で,コスト増とも関連して経済競争力が低下してきたこと
- 放射性廃棄物および使用済み核燃料の処理が難問であること
- 核拡散対策を含めて社会的同意形成が困難であること
原発利用を始めてしまったのだから,2. については難問であろうと,解決しなければならない。
人類は皆,原子の火を利用してきたのだから,自分は関係ないと言えない。
「あらゆる資源は実効的に無限」と考えておいて,少なくとも今後 100 年は全く不都合はない。このことはきわめて重要である。現存のエネルギー政策のほとんどは「有限」説に基づいて仕組まれ,「有限」を否定するものは異端と思われてきた。「石油がなくなるから原発は必要だ」などという人もいるが,与したくない。こうした虚構の「有限」説の横行が,本物のエネルギー議論を乱す最たるものであったのかもしれない。(p. 41)
「実効的に無限」というレトリックはいかがか。
今後 100 年の実効性だけを見てはいけない。
軽水原発の主要問題点 (pp. 78-81)
軽水原発を,もっと柔軟に運転できるようにした方が安全なのではないか。色々な制約があるから,抜け道を探してしまうのではないか。
高速増殖炉の 4 つの問題点 (p. 97)
- 世界の主力エネルギー源となるまで育つには,増殖成長速度が遅過ぎる
- 安全性が不充分
- プルトニウムの大々的利用
- 経済性
「もんじゅ」での失敗が痛かった。それとも「もんじゅ」での失敗は必然だったのか。
「トリウム溶融塩核エネルギー協働システム」構想 (p. 191)
- 第一原則 固体ではなく液体のフッ化物溶融塩核燃料を使用
- 第二原則 ウランではなくトリウムを利用
- 第三原則 核燃料増殖施設と発電炉との組み合わせで核燃料増殖サイクルを完成
トリウム溶融塩核エネルギーは,どれほど有力なのだろうか。
「エネルギーの供給を充分に!」と言うと,「そんなことをすると,無駄づかいをして地球を壊す」とよく真剣に批判された。一理はあるが,ものは充分あれば必ず無駄づかいするものだろうか。ある面ではそうかもしれないが,たとえば,充分ある空気を無駄づかいするだろうか。空気を吸い過ぎると,過酸素状態になり危険である。(p. 233)
確かに,充分にあるから無駄づかいをするというものではない。